大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3684号 決定 1997年3月28日
債権者
筒井禎晟
右債権者代理人弁護士
豊川義明
(他二名)
債務者
積水ハウス株式会社
右代表者代表取締役
大橋弘
右債務者代理人弁護士
森博行
同
上野勝
同
水田通治
主文
一 本件各申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一申立て
一 債権者
1 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、平成六年九月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り、債権者に対し、金四八万七一五四円の割合による金員を仮に支払え。
二 債務者
主文同旨
第二当事者の主張
一 争点
本件は債務者の従業員であった債権者が、懲戒解雇事由があることを前提になされた普通解雇に理由がないとして、従業員たる地位の確認と賃金の仮払いを求めた事案である。
本件の争点は、債権者について債務者主張の懲戒解雇事由が認められるか、である。
二 前提となる事実関係
1 債務者は、建物建築請負業を主たる目的とする株式会社であり、その従業員数は約一万三〇〇〇名にのぼる。
2 債権者は、昭和四二年三月、法政大学経済学部経済学科を卒業し、同年四月、三ツ星ベルト株式会社に就職し、その後、昭和四四年一月、債務者に就職し、大阪営業所に配属された。
債権者は、昭和五八年ころ、債務者の分譲担当課長の地位にあり、その後、営業担当課長に変更され、さらにその後、遅くとも昭和六一年一〇月ころには直属の部下を持たないところのいわゆる「単独プレーヤー」として勤務していた。
3 解雇の意思表示
債務者は債権者に対して、平成六年八月四日、就業規則四条三号、四号並びに六二条七号、一二号、一三号及び一七号の懲戒解雇相当の事由が存すると認められるが、諸般の事情を考慮して、同月八日付けで普通解雇する旨通知した(以下「本件解雇」という)。
三 懲戒解雇事由についての当事者の主張の要約
1 マリオネットの支配権について
(一) 債務者
債権者は、債務者の業務目的と一部競合する申立外株式会社マリオネット(以下「マリオネット」という)を実質的に支配していた。債権者は、債務者の取引に関して、取引先からマリオネットを介してリベートを受け取り、また、債務者からも不動産管理委託料名義で月九万七〇〇〇円をマリオネットを介して受けて、債権者自身が個人的にこれを領得した。
債権者がマリオネットを実質的に経営していたことは、就業規則四条三号の「業務に支障を生ずるか、会社の利益に反するような他の業務に従事しないこと」及び同六二条一七号の「その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき」に該当し、債務者の取引に関して取引先からリベートを受けた行為は同四条四号の「会社における地位を利用して私利を図らないこと」及び同六二条一三号の「職務を利用して私利を図り、図ろうとしたとき」に該当し、その他の利得を得た行為は、同四条四号及び六二条一三号に該当する行為である。
(二) 債権者
マリオネットは債務者主張のような債権者が支配する会社ではないし、債権者がマリオネットから個人的に金員を受け取ったこともない。
2 畑本事件について
(一) 債務者
債権者は、債務者の従業員として、申立外畑本博司(以下「畑本」という)がその所有地を処分するについて仲介した。
右仲介に関して、買受けを希望していた申立外株式会社タケツーエステート(以下「タケツー」という)に対して、本来他の仲介業者と共に二〇〇〇万円を分け合うのが正規の仲介手数料として許容された範囲であるのに、自己の支配するマリオネットに一五〇〇万円を支払うように強要した。
債権者は、進行していた畑本とタケツーとの間の売買契約を妨害するために、畑本が法的に農地から雑種地への地目変更ができないにもかかわらず、公正証書原本不実記載罪を犯してまで右地目変更手続を行ったとの理由で、売買の中止を迫り、平成五年一一月四日ころ同人宅を訪問して同人を強く非難中傷した。このために畑本は入院してしまった。
これは、就業規則四条四号及び六二条一三号に該当する行為である。
(二) 債権者
右の地目変更は違法であり、これを債権者が指摘し、その意思の確認のため同人に面談したとしても、何らとがめられるべき問題ではない。
また、債権者が、タケツーに対して右のような金員の要求をしたことはない。
3 職務命令違反について
(一) 債務者
債務者が債権者を本件解雇に関して呼び出したにもかかわらず、同人は正当な理由もなくこれに応じなかった。
これは就業規則六二条七号の「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を乱したり乱そうとしたこと」に該当する行為である。
(二) 債権者
本件解雇については債権者が弁護士と共に債務者に解雇の具体的理由を示すよう求めたが何らこれに応じることがない違法がある。
第三当裁判所の判断
一 マリオネットの支配権について
1 債権者の親族らが株主であり、役員でもあるマリオネットが設立されたこと、岡山よし江(以下「岡山」という)が代表者である申立外株式会社紅葉(以下「紅葉」という)も同時に設立され、事務所も同じ場所であったこと、債務者からマリオネットに対し、不動産管理委託料名義で平成元年から五年間、毎月九万七〇〇〇円(消費税別)の金員が支払われていたことは当事者間に争いがない。
そこで、債権者がマリオネットを実質的に支配しており、マリオネットを通じて個人的利益を得ていたか否かについて検討する。
2 これについて、債権者と極めて親しい関係にあった(人証略)は、マリオネット及び紅葉は、債権者と岡山が出資し、不動産取引により利益を挙げることを目的として設立した会社であり、マリオネットの実権は債権者に帰属している旨供述する。もっとも、(人証略)は、同人と債権者が男女関係にあったもののこれが破綻したという事情を背景として感情的になされている傾向がうかがわれ、しかも、本件解雇そのものについても、岡山から債務者へ、マリオネットの実質的な代表者が債権者であることなどを知らせたことを契機としていることに鑑みれば、その信用性については慎重に判断する必要がある。
(一) 証拠及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が疎明される。
マリオネットの発起人はいずれも債権者の知人ないしは親族である上に、最初の代表取締役としては、債権者の姉である村尾貴子が選任されているが、同人は愛媛県在住の主婦であり単に名義を貸したものであるにすぎない。債権者の主張によればマリオネットの実質的支配者であるはずの申立外植松義光(以下「植松」という)は債権者の叔父であり、設立当時は金融会社に勤務していたから、実際上の会社運営や営業活動ができる状態ではなかった。植松自身も、マリオネットの設立に関して、債権者から協力を求められた際に、債権者が債務者の内部において十分なポストないし仕事を与えられていない、いわば窓際におかれている状況にあることが設立の動機であることを確認している。さらに、マリオネットの関係者には債権者以外には不動産に関する業務に精通して、これを差配しうるような者は見あたらない。また、マリオネットと密接な関連を有するマリオ情報センターの規則を作成したのは債権者であり、その会員も債権者の知人である。
右の認定に反する(人証略)は、供述内容に矛盾があり、しかも回避的であって信用することができない。
以上の事実は、債権者がマリオネットの実質的な代表者である趣旨の(人証略)によく符合する。
(二) しかも、債権者が岡山に対して、同人が独立するために紅葉及びマリオネットを設立し、紅葉を黒字にし、マリオネットを赤字にして、税務対策を施そうと持ちかけたことや、債権者が、事務所のオフィスビルを探してきたり、社名やロゴを考案したことなどについての供述は詳細かつ具体的である。さらにはマリオネットに対して税務当局の調査が入った時の対応に関する岡山の供述も税務調査の実態に合致するものであって、同人が作り上げた絵空事とは認め難い。
右(一)及び(二)の事情を総合するならば、(人証略)は信用するに値する。しかも、債権者は、住友銀行からの依頼で地上げに銀行が関与していることを隠すためマリオネットを設けた旨供述するけれども、右の供述自体が、その設立の目的に関しては債権者の意図が濃厚に反映していることを自認するものと解されるのである。
以上によれば、債権者は、債務者の従業員の地位にありながら、債務者の業務と一部競合する業務を目的としたマリオネットの実質的な代表の地位にあったといわなければならない。
3 証拠及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が疎明される。
マリオネットの銀行口座は二口あり、通帳二通のうち、一通は岡山が、他方は債権者の妻が所持していた。マリオネットが税務調査を受けた際には、債権者の妻が通帳を所持しているところの箕面支店の口座から頻繁に引き下ろしがなされていることが不自然であるとの追及を受けた。箕面支店は本店所在地から離れ債権者の住居に近い。しかも、債権者が債務者の取引である大阪府堺市所在の堺東の物件について、四〇〇〇万円をマリオネットの口座に振り込ませ、パルコープの大阪府枚方市内の建築請負契約についても、債務者の取引でありながら一〇〇〇万円の現金を債権者が申立外株式会社ふそう工務店から受け取った。
右の金員の授受は、マリオネットの名においてなされたとしても、同社は実質的に債権者によって支配されていることは前記認定のとおりであるから、右金員の授受は債権者個人においてなされたものと同視せざるを得ない。
4 以上のとおりであって、債務者主張の懲戒解雇事由の一つである債権者がマリオネットの実質的支配を有しており、かつ、個人的利益を得ていたことが認められる。
二 畑本事件について
1 債務者は債権者が畑本所有の兵庫県伊丹市西野所在の約一八〇〇坪の土地(以下「西野土地」という)の売買仲介にからんで、畑本宅に押しかけて、同人に対し、脅迫的な言動をとったこと、及びマンションのディベロッパーであるタケツーの担当者に対し、一五〇〇万円をマリオネットの銀行口座に支払うように要求したことが、就業規則に違反する旨主張し、債権者はこのような事実自体を否認している。
2 証拠及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が疎明される。
(一) 債権者は、債務者の関連会社である関西積和不動産から、平成五年四月二三日、債務者の北大阪営業所において、開発許可を受けてマンションを建築するには様々な問題がある畑本の土地を商品化する話を持ちかけられた。右の問題とは、埋蔵文化財の発掘調査をしなければならないこと、関西電力の高圧線が近くにあること、農地転用しなければならないこと、その前提として地目の変更をしなければならないことなどであった。
(二) 債権者は、西野土地について買受先を求める情報を、紅葉を通じて流し、大和銀行本店、株式会社明豊などを経てタケツーがこれに応じて買い受けることになった。この取引における債権者の活動は債務者の業務として行われたものである。
(三) ところが、債権者は、タケツーに対し、一五〇〇万円をマリオネットに対し支払うよう要求した。右金額は本来仲介手数料として請求し得る限度を超えている。タケツーはこの時点では支払に応じなかった。
(四) ところで、西野土地の農地から雑種地への転用が困難との判断が債権者によって依頼された土地家屋調査士からなされていたため、債権者は平成五年内の契約はできないと考えていた。しかし、タケツーらは、畑本らの協力を得て独自に手続をし、同年一〇月二九日に地目を変更した上、同年一一月上旬には、畑本からタケツーへの売買契約を成立させた。
(五) 債権者は、自らが排除されて勝手に契約されたことに激しく憤り、数回にわたって畑本ら関係者に電話した。特に、畑本に対しては強く非難して契約を取りやめるように申し入れた。
(六) 債権者は、マリオネット名義で平成五年一一月九日、畑本に対して内容証明郵便を発した。その内容は、マリオネットが西野土地の媒介人の一人であることを前提に、「当社及び積水ハウス株式会社を除外し最終的に実行したのは他ならぬ貴殿であるから実行加害者として責任は重大であります」とし、「当社の情報をもって契約し、利益を受けた貴殿に対し本来、本物件の不動産取引金額の3パーセントを報酬金として請求するべきところであるが、貴殿は実行加害者として当社に損害を与えておりますのでその額を損害金」として請求するものであった。さらに、債権者は、畑本に対して、マリオネット名義で平成五年一二月三〇日にも同趣旨の内容証明郵便を送付した。
3 以上の事実によれば、債権者は、本来、債務者の業務の一環として取り扱った西野土地に関する仲介案件について、自ら支配するマリオネットに対して法定額以上の仲介手数料を支払うように買主であるタケツーに申し入れ、さらに右取引が自らの手から離れた形で完了してしまったとなるや今度は売主である畑本に対して内容証明郵便を送付してマリオネットに損害金を支払うよう要求したものであることが明らかである。債権者は、右の地目変更が違法である旨主張するが、本件全証拠によるもこれを裏付けるに足る事情は疎明されていない。
なお、債権者は、畑本に対して内容証明郵便を送付したのは本来利益を受けるべき債務者が排除されたのに何ら有効な対策をとらなかったからであると主張するようであるが、それならばなぜ債務者名義で行わなかったのか理解しがたいし、そもそも課長職とはいえ上司の命に従わず勝手に第三者に損害賠償を請求しうる権限があるとは考えがたい。
三 したがって、債務者が主張する債権者についての懲戒解雇事由を認めることができる。他に本件解雇について解雇権の濫用を基礎付けるべき具体的事実についての主張もない。よって、その余の点について判断するまでもなく、本件解雇は有効であって、被保全権利は認められないことに帰する。
なお、債権者が本件解雇の手続に対して論難する点は、単に普通解雇において直ちに具体的な解雇理由を示さなかったというにすぎず、理由がない。
四 以上のとおりであって、本件仮処分の申立てをいずれも却下することとし、申立費用の負担について民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 森宏司 裁判官 島田睦史 裁判官 榎本孝子)